お侍様 小劇場

    “秋麗 清かに” (お侍 番外編 67)
 


昼の間は まだぎりぎり、
どこかで蝉が鳴いていたりもする日和だが。
朝晩の涼しさの方は、日に日に格別なそれへと秋めいて。
朝は、それから1日が始まり、
あれこれ バタバタしているうち、
気がつきゃ小汗をかいていたりするのだけれど。

  宵にかけての涼しさは
  陽の暮れるのへと、添うてのものだからだろか。

金赤をにじませた風の色、虫の声、
いかにも秋の趣きたたえ、
ふと、風の来るほうを望めば、
茜に染まる夕空が待ち受けており。

 “そこから暮れ落ちるまでの早いこと早いこと。”

いつの間に、
こうまで陽の落ちる頃合いが早まったんだろか。
夏の居心地 抱えたまんまでいると、
黄昏に先を越されての、おいてけぼりにされてしまう。

 『夏がさっさと行ってしまうのを、呆然と見送ってるとね、
  どうしたんだい?って悪戯っぽく笑いながら、
  秋がやって来るのよ?』

ご自身も屈託なく笑いながら、
そんな風に仰有ってらしたのは 大奥様だったなぁ…。




       ◇◇◇



 数年前に暦の法律が改正され、それでもそれが実現したのは今年が初の、祭日が重なったおりの新しい対処のお陰様。この九月に初めて、シルバーウィークと呼ばれる連休が誕生し、土日が休みという人には5連休なんてゆ、嬉しいご褒美がいただけるようになったとか。その連休の頭にあたろう日曜に、体育祭があるという当家の次男坊。そちらの準備や何やには、ノータッチで済まさせていただいてるらしいのだが、それが落ち着いてのちの、十月に催される文化祭の方で、寸劇の主役級へと抜擢されているとかで。

 『〜〜〜。』

 台詞もないし、演技のいる芝居もなし。指定された場面場面にうっそりと、置物のように佇んでいればよし。クライマックスの斬り結びのシーンにだけ、主人公の助けとなって、不意打ちを仕掛けた卑怯な敵を、見事討ち返しての“礼は要らぬ”と。やはり無言のままに立ち去る剣豪の役だとのこと。

 『うわぁ〜、かっこいいじゃありませんかvv』

 最後の最後に“ああ、あのお人は味方だったのか”と、そう思わせる巧みな台本がまた秀逸で。台詞はなくとも、立ち位置の打ち合わせとか、衣装合わせなどなどがそろそろ始まっているとかで。そんなこんなの詳細が綴られた台本とやらを、久蔵から渡された七郎次が。だがだが“…あれれぇ?”と感じたところが一つあり。

 “お侍さんじゃあなくて、騎士のお話だったとは。”

 戦国時代ブームに、歴女ブームと来て。寸劇でも自主製作のビデオ作品ででも、そっち系統の演目が乱立しかかったそうで。となると、衣装や舞台装置にも限りがあるのでと、変更が利くようなら舞台世界を変えてもらえないかとの打診が、執行部から呼びかけられた。無理を言うからには見返りも差し上げる。演奏や合唱は、希望があれば2日の日程の双方に、つまりは二度公演出来るが、寸劇はそうはいかないのでと、父兄が入場する一般見学日にと決まっている…のだが。その2日目の昼休み明け、父兄の方々が最もたくさん観に来てくださる1時からの午後イチか、全部の大トリ、手のすいた生徒も一番たくさん観にくるし、生徒会の皆様のお手伝いもつく“ラスト”を飾るか。どちらかの美味しい時間帯を、優先して割り振って差し上げましょうとの特典つきだったので、

 『……それで、
  久蔵殿のところは、中世の欧州風のお話になっちゃったんですか。』

 『〜〜〜。(…頷)』

 日頃自分が打ち込んでいるものとは、微妙に方向が違うというか、異質だというのがさすがに判るらしく。それでもまま、ちょうちん袖にブルマやタイツなんていう、いかにもな仰々しい衣装ではないらしいのが、救いといや救いだろうか。

 “学ランに袴に陣羽織…ってのも、なかなかに仰々しくはありますが。”

 何ですかそりゃ。いっそのこと、無国籍ドラマなんでしょうか? …じゃあなくて。
(笑) 敵役は微妙に裾を長く改造した学ランを、軍服風に着こなすそうで。片や、主人公が属す陣営は、寄せ集めの衆だということで。襟のないジャケット風の上着に、ボトムはストレートのスムースデニムというシンプルな基本形の上へ。鋲を打ったベストを重ね着する者、ギャルソンスタイルの裾長エプロンをただし後ろ前に腰へとくくり、それをひらめかせて素早い動作であること示唆する者…など。それぞれの得意な戦いように合わせた、工夫を凝らして下さるのだとか。

 “久蔵殿なら、その…素早い人用の恰好が、
  映えると思うのですけれど。”

 何たって動作の切れが違う。使う得物は木刀でも、気迫は本気の真剣という立ち合いを、七郎次も縁があってのこと、何度か見せてもらっているけれど。(どのお話のどれとは言わんが・苦笑) 高く跳ねれば頭上にまで達し、低く翔ればツバメの起こす旋風の如し。その遊撃の妙は…命のやり取りという真剣勝負の実戦を、山のように積んでおいでの真の武士
(もののふ)として、様々に巧みな攻守の応用を繰り出せる、あの勘兵衛であれ かなり手を焼く代物だと聞いている。連綿と叩きつけてくる剣撃は、どこまで踏み込んで来ても もつれも失速もせずのよくよく練り込まれたそれであるし。その巧みさへ…彼の場合は“速さ”が加わる。どんなに応用の尋深く、読みの鋭い勘兵衛でも、見てから対応していたのでは到底間に合わず、咄嗟にその身が出す反射で、一合一合を受け止めて防ぐので精一杯。勘兵衛が相手でなければ、まあ保って数分で相手が自滅するだろうという、そんな打ち合いになったのを、何度か見てもいる七郎次としては。華やかな切り結びをより盛り立てる装束、痩躯を引き立てて雅な、裾のひらりとしたのがいいなぁなんて、勝手に思っていたのだけれど。

 「……おや。」

 黄昏の間近いリビングにて、コピー紙綴った台本と、こんな衣装の予定ですという試案のイラストなんぞを、広げた眺めていた七郎次の傍らで。けぶるような金絲の髪に頬を埋め、小首を傾げるような格好で。久蔵が…いつの間にやら、くうくうという転た寝に入っており。その他愛のない稚さに、まずはの苦笑がついつい零れた。

 “関わりなしと言ったって、ねぇ?”

 剣道部の練習もまた、体育祭に駆り出される面々が多いのでと、早上がりになっちゃあいるものの。例えば授業の時間帯でも、自習にでもなりゃ“それっ”とばかり、リレーのバトントスや騎馬戦に二人三脚、競技じゃないならないで応援のエールやらやらの、練習へ駆け出す面々もいるだろし。体育祭の後に開催の“文化祭”へ向けての準備にしても、舞台装置や衣装の作製、部で営業するとか言ってた屋台の補修などなどと、仕事はたんとあっての、だのに人手は限られているがため。猫の手よりはマシだろなんて、模造紙が飛ばぬようにという重しの役など、ちょっぴりずつでも割り振られての、彼なりにてんてこ舞いの日々なのかも。

 「………。(…ふふvv)」

 ああ、こうまで間近に見るのはどれくらいぶりかしらねと、すぐの間近になった端正な細おもてを眺めつつ、七郎次がその口許をほころばせる。すべらかな白い頬の縁、軽く臥せられた睫毛の長いこととか。少し切れ長になって来たせいか、鋭さの際立つ双眸の、だが、そのまぶたの縁の描くなめらかな曲線の優しさだとか。一体どのくらいのお人が、気づいているものか。

 「…。」

 一見しただけだと、凍るような冴えをはらんだ美貌の彼だが、間近でよくよく眺むれば。毛先に裾に、現れるくせのせいで、まとまらずにふわんと、軽やかな形になってしまうのだという髪形の秘密。絖絹のような肌のやわらかそうな質感や、そこだけを見ている分には 少女のそれと言っても通用しそうな緋色の口許。そういった、思わぬ“綺麗”や“可憐”を見つけられるのにねぇと、内心でほくそ笑んだ七郎次だったものの。

 「……。」

 万人に知ってほしい誇りであり、でもでも、自分しか知らない秘密にもしておきたい。
ああ、強欲になったもんですねぇと。今にもそのまま横ざまに、ソファーの背もたれに背中を擦りつつ、パタリと倒れ込みそうになっている、制服姿のまんまな次男坊を眺めていたおっ母様だったけれど。

 「………、…っ。」

 そうそう、そうだった。反対側のすぐ手元。さっき広げたそれを再び手にし、ふふと小さくあらためての頬笑んで……。









  ふわり、気配がした。
  重いまぶた、押し上げて見た先には、
  やさしい色合いした、やわらかなふわふかが、
  ゆるりと広げられているのが判る。

  大好きな人の背中に、
  翼のように開いたそれは、
  彼の肩へとかけられた、
  淡い藤色の、カシミアのストールで。
  その両端を手にした格好は、
  さながら、
  純白の羽根をゆるやかに広げた、
  人ならぬ存在のようでもあって。

   “…しち?”

  そおと取り込まれたのは、
  暖かい懐ろの中。
  軽やかな色、軽やかな柔らかさ、
  何よりも、大好きなお人の暖かさにくるまれて。
  お気に入りの甘い匂いへと、
  仔猫がぐるるん、ご機嫌だと喉鳴らす。

   「…しち。」

  ああ、まだお口が回らない。
  それともこれは夢なのかなぁ?
  まぶたがなかなか上がらないし、
  でもでも、髪を梳いてる指は、
  いつものシチと同んなじだしなぁ。

  その胸元へと凭れたまんまで、
  ふにゃんとお顔を上げたれば。
  間近にあったのは見慣れているはずの七郎次のお顔。
  何か言ってるのに、
  意味が端から逃げてくばかりで。
  なぁに? 聴こえているのに聞こえない。
  口許もちゃんと、見えているのに。ほら。




  「………お。」

 色白な彼にはひどく似合いのそれは、随分冷えるようになった先の宵、上着の代わりに引っ張り出して来たものならしく。部屋へと戻すの、忘れたままなのは、こんなして依然と使っているから。秋物のカーディガン、出した方が早いかな。でもまだ昼日中は、汗をかくほどの日和も続いているし、と。ついつい、これで間に合わせていたのだが。人は眠りにつくとそのまま体温も逃げる。風邪をひいてしまいますよと、抱きとめた懐ろの中、さすがに目が覚めかかったのだろ、愛らしい寝ぼけの様、無防備にも見せていた次男坊だったのが。そのお顔をこちらへ向けると、半目になった目線をゆらゆら、何へと向けてか泳がせてののち。

  “…………え?”

 日頃は冷たい指先が、さすがに眠くてか甘い熱を帯びていて。それがスルリと、こちらの口許へ達し。左の端からするすると、少しばかり押すようにしっかと。きれいな指先がこちらを撫でる。どれかの指先、爪の先がこつと歯列にあたったことで、そこまでと思ったものだろか。すいと素直に引かれた指の、感触がまだ居残るのへと、依然として触れられているかのように、じっと動けぬままにおれば、

  「…。」

 触っただけでは確かめが足らぬか、小首を傾げた久蔵、その指先をそおと折り。じかには触れてはいない方、自身の爪へと口許あてた。指先の感覚を確かめたのか、それとも…そこへと何か、刻んであるよな気でもしたか。ただ。

 「…えと。///////

 伏し目がちになって、自身の指先へと接吻する彼は。その表情がぼやけている分、何とも印象的な雰囲気をおびてもいて。

 「……。///////

 あれ? あれ?? あれれ??? どうしてかな。可愛らしいことよという ほわんとした擽ったさじゃあない、ちりりという熱っぽい何かが喉の奥へとすべり込む。胸がドキドキするのも変だ。今までこんなことはなかったのにな。可愛いことよと、暖かな想いがするだけだったのにな。

 「………、…。」

 まだまだお眠だったのか。結局はそのまま、再びぽそんと凭れて来、くうすうという寝息を刻み始めた彼だったのだけれども。あらためて間近に見下ろした金色の綿毛も、日頃の愛らしさ以上は伝えて来なかったのだけれど。


  「………これは、大変。///////


  はいvv?(ドキドキvv)

  “久蔵殿も、お年頃なのでしょうか。”

  それってvv?(ワクワクvv)

  “こんなにも せくしぃなお顔とか出来るようになってしまわれて。”

 これはいけない、勘兵衛様にも言っとかないと。当人はただ寝ぼけていたり酔っていたりするだけのお顔が、でもでも とんでもないほどの蠱惑、大人に通じる色香をおびておりましたよと。周囲で気をつけて差し上げないと、想いも拠らない人物からの大きな勘違いを招いたりしかねない。先々で罪な人だと言われないように、気をつけて差し上げなくっちゃいけないと。………おいおい、おっ母様。ドキドキしたのが何でそういう解釈になるんでしょうか? これは進展か、はたまた相変わらずの天然か。答えが出るのは……もちょっと先の話であるらしいです。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.09.14.


  *答えなんて出るのか? 果たして。(笑)

   という訳で、
   ウェディングドレスに見とれてる場合じゃあないぞ、
   爆破男を取っ捕まえてる場合じゃ…以下同文の次男坊。
   ちょっとした進展
(?)の巻でございますvv

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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